ほっとけない?

shielaD2005-07-11

寄付というのはややこしい行為だ。
寄付したお金により
誰かが救われるのを本当に望んでしているのか。
それとも、「私って寄付しちゃうぐらい
恵まれててかつそれを分け与える人格者なの〜うふうふ」
という、社会に向けてのポーズなのか。
その境界線は、曖昧でグレーゾーンで判定不能である。
当の本人をのぞいては。


ホワイトバンド」キャンペーンは
本当にこの「寄付」の性質をうまく利用している。
大物芸能人/セレブを使ってイメージ操作をしつつ
羽根なんかより余程ファッショナブルな
ナイキの例のヤツにも似た「バンド」がついてくるのだから。


そもそも、本当に「3秒に一人」死んでいる子供を
本当に一人でも多く救いたいなら
あんな白バンド作ってないで
その分の費用も寄付に回せ、という気もしないでもない。


ただ、思い出すことがひとつ。
幼い頃アフリカで見た子供たちのまなざし。
当時の自分と変わらない年で、
子供を抱きながら花を売りに来た少女を。


というわけで、逡巡した挙げ句、
結局買いました、「ホワイトバンド」。
もちろん自分だって、
ファッションだと思ってる部分がないではない。
だからこその、逡巡。


でもさ、
イメージ操作、上等じゃない?
ファッションとして「寄付」を楽しむ人種を開拓できれば
いずれにしろ子供たちは救われるのだから。
黒柳徹子やアグネスがわめきたてるより100倍有効でしょ。


たとえ、ホワイトバンドをつけた人が
ただ「ポーズ」のためにそれを身につけていたとしても
そんなことは知ったこっちゃない。
こっち、いや、「あっち」は、命がかかってるんだ。


でも、本当は
「ほっとけない」んじゃなくて
「ほっとかない」、だよね。
ほっとこうと思えば、別にほっとけますよ。
ほっとかない、という主体的意思のある人が
一人でも多くこの白ゴムを身につけてくれることを
切に祈るのであります。